「白い犬とブランコ」読書会(文責:藤井)
今度の日曜日(2024年9月29日)、金沢のこども図書館で、県の読連協の「本を読む仲間の集い」がある。私は3グループの一つの読書会の「助言者」という資格で参加する。課題図書は中国の現代作家莫言の「白い犬とブランコ」である。選書が私なので「助言者」役を引き受けざるを得なかった。この読連協という昔から地域に根ざした読書会としては、珍しい選書になる。その時々の話題書か馴染みの日本の作家の短編が選ばれている中で、海外でそれも中国の作家を読む会員はおそらくいないと思われる。
私が莫言を知ったのは、ノーベル文学賞を中国で初めて取ったというニュースを知ってではない。2012年受賞だから、村上春樹が受賞するかもしれないと何回めかの話題に登っていた頃だ。その頃私は中国に興味がなかった。魯迅ぐらいしか知らなかった。民主活動家の劉暁波は、ノーベル平和賞に選ばれたが、中国政府によって勾留中のまま死亡している。 莫言を知ったのは、「世界文学アンソロジー」という本が読書会向きの短編集で、読書会のメンバーの承認を得て購入した中に入っていたからだ。莫言自身は長編作家だが、ここで取り上げる「白い犬とブランコ」は自選短編集に入っているほどの、お気に入りの作品だ。後で知ったことだが影響を受けた作家にロマン・ロランとガルシア・マルケスがあげられていた。どちらも私の好きな作家であることから、莫言の世界との相性はいいと感じられた。
簡単に作品を紹介してみる。時は1980年代で鄧小平の改革・開放路線で急成長を見せているころ、舞台は山東省高蜜県東北郷という村である。主人公の「私」は29歳、ヒロインの「暖」(ヌワン)は27歳。二人は幼馴染で、10年前解放軍が村の石橋を通る時に音楽で接待した仲だ。10年前の1970年代は毛沢東の文化大革命中で都市から農村への強制移動がなされた。習近平はこの時地方の貧農村に飛ばされている。莫言自身も小学校を中退させられている。(後に解放軍に入隊して出世しているが) その石橋に、県都の専門学校教師をしている「私」は多分夏休みを利用してか、10年ぶりに里帰りする途中で一休みしているところから小説は始まる。
そこへ白犬が体を覆い尽くすほどのコーリャンの葉の束を担いだ若い農婦を連れて来る。それは変わり果てた「暖」だった。10年ぶりで再会した二人はお互いの変貌ぶりに驚く。「暖」は「私」に「あんたは最上流の人じゃない、大学の講師さまなんでしょ!」となじる。「私」は都会に出て出世し、「暖」は啞の「王家丘子」に嫁入りし三つ子を産む。「暖」は若い頃は首都の女優も見劣りするほどの美人だったが、「私」が誘ったブランコで綱が切れ槐(はりえんじゅ)の木に飛んでいき、棘が右目に刺さって失明する。めっかち女には啞の男がお似合いと自嘲する。
あらすじを書くのは難しい。あまり詳しく書くとネタバレになる。ポイントとなる部分を書いてもネタバレになりそうだ。そこでこのブログの読者が読んでみたくなるように誘うつもりで書いてみる。 とにかく「暖」は勝気で大胆で、主人公や一般常識の凡人を凌駕する情熱を持っている。だから主人公の「私」と共に大方の男性読者はタジタジとなるはずだ。中国女性の典型の一人なのかも知れない。その夫となる啞の男も生々しく野生の農夫だ。ある意味「暖」と同じくらい強烈で釣り合っているのかも知れない。ただ夫と子供3人が啞というのが耐えられない。コミュニケーションできるのが飼っている、白い犬だけという家庭なのだ。 「暖」は運命を信じてある計略を実行する。夫を騙して外出し、「私」が犬の誘導を信じてきてくれたら「私」の子を産むための場所を、コーリャン畑に確保して待っていたのである。
小説にはその当時の中国の社会事情が断片を通じて分かるように書かれているので、現代中国を理解する手立てにもなる。私は4つ気がついた。「私」が履いていたジーンズ。「暖」の3人の子供を「一人しか産めなかったんじゃないの」と訊くところ。「解放軍」の視察を接待するエピソード。「三中全会以後、農民の暮らしは良くなりましたね」というセルフ。これらは莫言が意図して書いていると思う。 「暖」と「私」の恋愛小説と読めるし、文化大革命と改革開放に向かう間の社会小説とも読めるし、現代中国の叙事詩的物語とも読めそうな気がする。
「本を読む仲間の集い」という伝統的な地域読書会で、ぼくは莫言の「白い犬とブランコ」の「助言者」役として、つまり主催者側の一人として活動した。参加者は17名いた。目標は楽しく読んだ感想を述べ合うこととし、主催者側が「正しい」読みを聞いてもらうことではなかった。この催しの初期の頃はそういうニュアンスがあったと、ぼくがスタッフとして参加し始めた時に、先輩諸氏から感じたのだった。
読書自体が一般の国民にとって馴染みがない頃だった。後に大政翼賛会ができる前に、全国に本を読んで内容を理解できるような素地を作っていこうと国が考えたらしい。元々は立派な啓蒙運動だったのかもしれないが、戦争に協力させようという軍国派の勢力に利用されたのかもしれなかった。そのような見解はぼくだけが持つだけで読書会協議会内では黙っていた。 莫言はどれだけ知られているだろうか?ぼく自身が読書会で取り上げるために「世界文学アンソロジー」という本を見つけて、その中で初めて知った。確かに中国の農村の封建的な姿が描かれていたが、中国文学という感じはしなかった。解説ページを読むと、影響を受けた作家に、ガルシア=マルケスやロマンロランや川端康成などの名があった。現代の現役の作家であった。なんと私より二つ年下である。
今回のこの読書会は果たして成功したのだろうか?先輩の役員の人からは「老いて退かずますます活動したくなった」と声をかけていただいた。自分の感想や見解を発表でき、他の参加者の意見を知ることが楽しかったのだ。自分の考えたこともない方向から気づきを述べられると、それだけで感心してしまう。男性と女性では明らかに感じるところが違う。この「白い犬とブランコ」の場合、「私_男」と「暖_女」は日本人からすると感情の幅が大陸的に広い。強烈に響き合ったり反発したりする。「暖の夫」は唖であり野獣的に妻を可愛がるところは、一見DV(ドメスティック・バイオレンス)と誤解するほどで、実際そういう感想を述べた女性もいた。小説の最終場面で、「暖」が「私」の子供を産もうと一面のコーリャン畑の一角を開いて寝床を作り誘うシーンは、ある男性参加者から「逆強姦」だと言わしめた。こんな感想が飛び出すほどの読書会は珍しいのではないだろうか?
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